003. イムラーン家章 〔アーリ・イムラーン〕 マディーナ啓示 200章 章の説明 第32節に,ムーサーその他多くの預言者を輩出した,イムラーン家のことについて述べられるにちなみ,イムラーン家章と名付けられる。本章の主題は前章の続きでそれとは異った角度から,バドルとオホドの両戦役に関連して考えられる。バドルの役は,ヒジュラ2年(623)完全に武装した一千のマッカの軍勢に対し,聖遷したばかりのマディーナがわは,装備も全くないわずか3百余の劣勢で,これをマディーナの約150キロ東方にあたる,バドルにおいて迎撃して大勝を博し,イスラームの地位が初めて確立された記念すべき戦いである。またオホドの役は,バドルの役の翌年,マッカ側は雪辱のため,3千の兵を率いてマディーナに進撃して来た。これに対し聖預言者ムハンマドは,約1千の兵をもって,マディーナ市郊外のオホド山麓でこれを迎え撃った戦いである。その時,にせ信者のアブドッラー・ビン・ウバイが,辞を設うけて手兵を率い後退したのでわずか7百の軍勢で苦戦し,側面に配陣されていた弓隊が,聖預言者のかねての命にそむいてその持場を離れたため,敵の騎兵がそこを通って背後を突き味方は大混乱に陥り,多大の犠牲者を出し,聖預言者自身も負傷したが,やがて敵軍が退陣したので,わずかに難をのがれることができた。本章は啓典の民,すなわちユダヤ人やキリスト教徒の宗教史的概説から,新進のイスラームの人びととの生活態度とその法令に及び,また真理のために奮闘を必要とするときに際し,(イ)新しい光明を受け入れた,キリスト教徒の場合の義務が強調される。(ここにいうキリスト教徒とは,主として前章の後段に見るユダヤ人をさす)。また(ロ)バドルおよびオホドの戦役において得た諸教訓。ならびに(ハ)ウンマに対するムスリムの責任が,内面的またその対外関係の両面から述べられている。 内容の概説 第1-20章・アッラーがこの啓典を啓示されたのは,以前に下された啓典を確証するためであるから,深い尊敬の念をもって受け入れてその理解につとめ,また不信者たちが,真理を受け入れ難くしている根底の動機を排撃する。第21-30節,啓典の民の持つものは,完全な教えの一部にすぎない。かれらのうちクルアーンを拒む者あれば,信者はそれと親密な交際をすることを避けねばならない。第3...
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002. 雌牛章 〔アル・バカラ〕 マディーナ啓示 286章 章の説明 本章は,第67-71節にある,雌牛をアッラーに供える物語にちなみ雌牛章と名付けられる。本章はクルアーンの総説ともいうぺく,イスラームの教えが全般にあたって記されている。 内容の概説 第1-29節,信者,不信者,にせ信者の3つの部類の人間が,アッラーの啓示をそれぞれいかに受け入れたかについて,信仰の奥義的立場から述べられる。第30-39節,人間の創造のことにおよび,そのたどる運命を明らかにする。第40-86節,イスラエルの子孫たちの物語が,その民族的記録や伝説にもとづいて語られ,かれらがどんな恩恵を受け,それをいかに誤って使ったかを明らかにして,人びとに対し教訓を与える。第87-121節,とくに,ムーサー(モーゼ)とイーサー(キリスト)が,無法な人びとに悩まされたことについて述べ,啓典の民が,邪見や高慢さから真の使徒ムハンマドを,愚かにも拒否し続けたことにおよぶ。第122-167節,カアバは礼拝を挿げる方向〔キブラ〕であり,またそれはイスラームの統一の表徴であることを明らかにする。 第168-242節,飲食物,遺産,斎戒,聖戦,酒,とばく,孤児,婦人問題その他の社会的諸問題について述べ,なお,信仰の外形よりも根底の精神と実行こそ大切であることが,第177節でとくに強調されている。第243-253節,聖戦についてとり上げ,イーサーの物語と対照して,タールート(サウル),ジャールート(ゴリアテ)およびダーウード(ダビデ)らの物語につき誤解がないよう注意がなされている。第254-283節,人間の真の価値は,意志が堅固でくじけることなく,博愛で強い信仰をもつことが教えられ,ことに第255節の玉座節では,アッラーの偉大さについて注意がうながされる。第284-286節,信仰,服従,各人の責任の自覚が強調され,信仰生活の強化のための祈りをもって終っている。 慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において。 1. アリフ・ラーム・ミーム。 2. それこそは,疑いの余地のない啓典である。その中には,主を畏れる者たちへの導きがある。 3. 主を畏れる者たちとは,幽玄界を信じ,礼拝の務めを守り,またわれが授けたものを施す者, 4. またわ...